漫画テルマエ・ロマエの作者として有名なヤマザキマリさん。
そんな人気漫画家ヤマザキマリさんですが、若い頃は何を目指していたのか、気になりますよね。
また、現在、ヤマザキマリさんの漫画家だけでなく、随筆家・画家として成功されていますが、その理由についても探っていきたいと思います。
そこで、今回のこの記事では、
- ヤマザキマリさんの若い頃に目指したもの?
- ヤマザキマリさんの成功の秘密を探る!
主に、この2つに迫っていきます。
リサーチしてみたら、 ヤマザキマリさんの若い頃は、海外に留学、現在は幅広い活躍をされておりますので、ぜひ、最後まで読んでいってください!
それでは、早速本題に入っていきましょう!
ヤマザキマリが若い頃目指したもの?
まず、ヤマザキマリさんの生い立ちを少し追ってみます。
時期は不詳ですが、ご両親が離婚され、母親がイタリア男性と再婚され、10代でイタリアに移住されます。
そして、日本・イタリア・フランスを転々とする生活を送られます。

この時期が、後の作品世界の土台になったんでしょうね!
20代は、美術の道を目指されました。
フィレンツェ国立美術学院で絵画を学び、さらにローマの美術アカデミーへと進まれました。
では、生活の方はというと、どうだったのでしょうか?
次の章に進みます。
ヤマザキマリが等身大の自分を見つけたきっかけ!


早速ですが、20代の生活はというと、かなり不安定で、貧乏・孤独・文化的摩擦を強烈に経験されたそうです。



この時期に等身大の自分を見つけられたんでしょうね!
そして、30代前半に日本にもどり、漫画家としてデビューされます。
この頃に、段々と、海外生活の違和感、日本人であることへの距離感が作風として確立していかれ、40代『テルマエ・ロマエ』で大ブレイク、50代漫画家、エッセイスト、コメンテーター、大学教授として活躍されておられます。
その立ち位置は、日本と世界つなぐ橋として、なくてはならないものとなっています。
まとめ
今回は、ヤマザキマリさんの若い頃に目指したもの?や、成功の秘密!について、お伝えしてきました。
ヤマザキマリさんの若い頃は、イタリアに留学して、画家を目指し、国際感覚を磨かれました。
また、現在、世界に拠点をもって、 漫画家・随筆家・画家としてだけでなく、テレビ・ラジオにも出演されて、幅広い活動をされておられますが、成功の基には若い時経験してわかった等身大の自分にあると思われます。
それでは、お読みくださりありがとうございました!










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