日本の近代産業を支えた偉大な発明家である田熊常吉さん。
そんな田熊常吉さんですが、一体どのような人物だったのでしょうか。
田熊常吉さんは、日本初の純国産水管式ボイラー「タクマ式汽罐」を発明し、「汽罐王」とも呼ばれた明治・大正期を代表する発明家・実業家です。
その功績は日本の産業発展に大きく貢献し、現在の株式会社タクマの創業者としても知られています。
そこで今回は、
- 田熊常吉さんとは何者なのか
- タクマ式ボイラーを発明した「汽罐王」の生涯と功績
について詳しく見ていきましょう。
田熊常吉とは何者?

日本の近代化に大きく貢献した発明家である田熊常吉さん。
そんな田熊常吉さんですが、一体どのような人物だったのでしょうか。
田熊常吉さんは、1872年2月8日に鳥取県東伯郡で生まれ、1953年12月22日に81歳で亡くなった発明家・実業家でした。
田熊常吉さんは表具師の家に生まれ、幼い頃から勉強熱心で手先も器用だったそうです。
しかし高等教育を受けた技術者ではなく、京都で医師の書生を務めたり、神戸の貿易会社で働いたりした後、材木商として独立しました。
日露戦争による木材価格の暴落で経営は大きな打撃を受けましたが、事業を諦めませんでした。
製材業で必要となる蒸気ボイラーの性能に不満を感じたことが、発明家として歩み始めるきっかけとなったのです。
1911年頃から独学でボイラー研究を開始し、人間の血液循環の仕組みから着想を得て、水が効率よく循環する独自構造を考案しました。
1912年に試作機が完成し、1913年には「タクマ式汽罐」の特許を取得しています。
1930年には「明治・大正年間 日本十大発明家」の一人に選ばれ、1928年には勲五等瑞宝章を受章しました。
1953年に亡くなった後、その翌年には産業への多大な貢献を称えられ、従五位勲四等瑞宝章が追贈されています。
タクマ式ボイラーを発明した「汽罐王」の生涯と功績を徹底解説!

日本初の純国産水管式ボイラーを発明した田熊常吉さん。
そんな田熊常吉さんですが、タクマ式ボイラーの発明によってどのような功績を残したのでしょうか。
田熊常吉さんが発明したタクマ式ボイラーは、高い熱効率、燃料消費が少ない、蒸気発生能力が高い、保守がしやすいという特徴を持ち、外国製ボイラーに匹敵、あるいはそれ以上の性能を発揮しました。
当時の日本では高性能ボイラーは欧米製が主流で、国産品は性能面で劣ると考えられていました。
しかし田熊常吉さんは、独学での研究により画期的なボイラーを生み出したのです。
タクマ式ボイラーは製糖工場、製紙工場、製材所、発電設備など全国へ普及しました。
さらに丹那トンネル建設でも発電用ボイラーとして採用され、日本の近代化を支える重要な設備となりました。
1919年には京都帝国大学による性能試験で、当時世界最高水準だったイギリス製ボイラーを上回る結果を示し、その優秀さが学術的にも認められています。
1938年には田熊汽罐製造株式会社(現在の株式会社タクマ)を設立し、「汽罐報国」という創業理念を掲げました。
これは「優れたボイラーを作ることで社会や国に貢献する」という意味であり、現在もタクマグループの企業理念の原点となっています。
1936年にはさらに小型・高効率の「つねきちボイラ」を開発し、新たな市場を切り開きました。
現在の株式会社タクマは、ボイラーだけでなく、ごみ焼却発電、バイオマス発電、水処理プラントなど環境・エネルギー分野をリードする企業へと発展しています。
その技術の原点には、田熊常吉さんが「社会に役立つものを自らの発明で生み出す」という信念のもとに築いたタクマ式ボイラーがあるのです。
まとめ
田熊常吉さんは、1872年に鳥取県で生まれ、1953年に81歳で亡くなった発明家・実業家でした。
田熊常吉さんが発明したタクマ式ボイラーは、日本初の純国産水管式ボイラーとして日本の産業発展に大きく貢献し、「汽罐王」として明治・大正年間の日本十大発明家の一人に選ばれました。
これからも田熊常吉さんの功績を語り継いでいきましょう。
それではありがとうございました。

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