梅根常三郎とは?低品位鉄鉱石を生かした「梅根式焙焼法」と製鉄への功績!

 明治から昭和にかけて日本の製鉄技術の発展に大きく貢献した梅根常三郎さん。

そんな梅根常三郎さんですが、どのような人物で、どんな功績を残したのでしょうか。

 そこで今回は、

  • 梅根常三郎とは何者なのか
  • 低品位鉄鉱石を生かした「梅根式焙焼法」と製鉄への功績

について詳しく見ていきましょう。

目次

梅根常三郎とは

出典 X ポスト

 日本の製鉄技術史において重要な役割を果たした梅根常三郎さん。

そんな梅根常三郎さんですが、どのような経歴を持つ人物なのでしょうか。

梅根常三郎さんは、1884年2月27日に京都で生まれ、京都帝国大学の理工科大学採鉱冶金学科を卒業した金属工学者・製鉄技術者でした。

 旧姓は安元で、熊本大学五高記念館の資料では、明治41年に五高第二部工科を卒業した人物として紹介されています。

1911年には八幡製鉄所に入社し、製鉄技術者として経験を積みました。

その後、1919年に南満州鉄道、いわゆる満鉄の鞍山製鉄所の創設に伴って技師として満州へ渡ります。

第二次世界大戦後も梅根さんは中国に残り、中国工業部最高顧問を務めました。

そして1953年、昭和28年に帰国しています。

 1956年3月17日、72歳で亡くなりました。

低品位鉄鉱石を生かした「梅根式焙焼法」と製鉄への功績

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 日本の製鉄技術に革新をもたらした梅根常三郎さん。

そんな梅根常三郎さんですが、具体的にどのような技術を開発し、どんな功績を残したのでしょうか。

梅根常三郎さんの最大の功績は、低品位の鉄鉱石を製鉄に利用できる原料へと変える「梅根式焙焼法」、より正確には貧鉄鉱磁化焙焼法を開発したことでした。

 鞍山の鉄鉱石は埋蔵量が豊富だった一方で、鉄分の含有率が低く、そのままでは効率的な製鉄が難しいという問題を抱えていました。

そこで梅根さんらの研究グループは、低品位の鉄鉱石を処理して鉄分を濃縮する技術の開発に取り組みます。

 この方法では、鉄鉱石を加熱して磁性を持たせ、その後に磁力を利用して鉄分を濃縮するという考え方が採用されました。

 研究は1920年ごろから進められ、1922年には技術が完成し、特許も取得されたとされています。

 海外の研究者が低品位鉱石の経済的な処理には長期間の研究が必要と考えていたのに対し、鞍山製鉄所の技術者たちは独自に還元焙焼技術を開発しました。

 資源・素材学会の歴代渡辺賞受賞記録でも、第1回の受賞者として梅根常三郎さんの「鞍山貧鉄鉱の利用について」が記録されています。

梅根さんはその後も鞍山製鉄所で重要な役職を歴任しました。

 満州鉄鋼協議会理事長、昭和製鋼所常務理事、鉄鋼統制会理事などを務めています。

 なお、梅根さんは日本の特許制度100周年に関連して紹介される「日本の十大発明家」の一人としても挙げられることがあります。

 これは、梅根さんの貧鉱処理技術が日本の産業技術史において高く評価されていることを示す一例です。

まとめ

 梅根常三郎さんは、1884年に京都で生まれ、京都帝国大学を卒業した金属工学者・製鉄技術者でした。

 梅根常三郎さんの最大の功績は、低品位の鉄鉱石を製鉄に利用できる原料へと変える「梅根式焙焼法」を開発したことでした。

 これからも梅根常三郎さんの功績を語り継いでいきましょう。

 それではありがとうございました。

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