世界で初めて人工癌の発生に成功した偉大な医学者、山極勝三郎さん。
そんな山極勝三郎さんですが、一体どのような人物で、どんな偉業を成し遂げたのでしょうか。
そこで今回は、
- 山極勝三郎さんとはどんな人物なのか
- 世界初の人工癌に成功した医学者の偉業と生涯
について詳しく見ていきましょう。
山極勝三郎とは?

日本の病理学を大きく発展させた医学者、山極勝三郎さん。
そんな山極勝三郎さんですが、一体どのような人物だったのでしょうか。
山極勝三郎さんは、1863年から1930年まで生きた日本を代表する病理学者でした。
山極勝三郎さんは、市川厚一さんとともに、世界で初めて人工的に癌を発生させることに成功した研究で特に有名です。
この研究によって、癌がどのような原因で発生するのかを実験によって解明する道が大きく開かれました。
山極勝三郎さんは東京帝国大学で病理学を研究し、1895年に病理学第二講座の教授に就任しました。
1910年には病理学第一講座教授となり、長年にわたって日本の病理学を指導しました。
癌だけではなく、脚気などについても研究しており、多くの後進を育てたことでも知られています。
意外なことに、山極勝三郎さんは医学だけの人物ではありませんでした。
俳句をたしなみ、俳号を「曲川」と名乗り、菊や朝顔の栽培も好んだと東京大学の資料に記されています。
世界初の人工癌に成功した医学者の偉業と生涯!

癌研究の歴史に大きな足跡を残した山極勝三郎さん。
そんな山極勝三郎さんですが、どのような偉業を成し遂げ、どんな生涯を送ったのでしょうか。
山極勝三郎さんは、1915年にウサギの耳に人工的な皮膚癌を発生させることに世界で初めて成功しました。
当時、癌は非常に恐れられていた病気でしたが、その発生原因については十分に分かっていませんでした。
山極勝三郎さんは、繰り返し受ける刺激が癌を引き起こすという「刺激説」に注目します。
そこで市川厚一さんとともに、ウサギの耳にコールタールを繰り返し塗る実験を行いました。
実験は簡単には成功しませんでした。
しかし、長期間にわたって根気強く実験を続けた結果、1915年、ウサギの耳に人工的な皮膚癌を発生させることに成功しました。
この成果は、人為的に癌を発生させることに世界で初めて成功した研究として、癌研究の歴史に大きな足跡を残しました。
山極勝三郎さんの人工癌研究は国内だけでなく海外でも高く評価され、後にノーベル生理学・医学賞の候補として推薦されました。
東京大学の資料によると、1925年や1926年などに推薦され、1926年の選考では有力候補の一人として名前が挙げられています。
しかし、残念ながらノーベル賞を受賞することはありませんでした。
一方、1919年には「癌腫の人工的発生研究」により帝国学士院賞を受賞しています。
この賞は市川厚一さんとともに受賞したもので、日本学士院の記録にも残されています。
しかし、山極勝三郎さんの最大の功績は、単に「癌を人工的につくった」ことではありません。
それまで仮説として考えられていた癌の発生原因について、実験によって確かめるという道を切り開いたことに大きな意味があります。
特に、すぐに結果が出なくても長期間にわたって実験を続けたことは、科学研究における粘り強さの象徴ともいえます。
東京大学も、山極勝三郎さんと市川厚一さんの研究について、癌の人工的な発生に成功した世界的な業績として紹介しています。
1930年に68歳で亡くなりましたが、その死後も人工癌の研究は世界の癌研究に大きな影響を与え続けています。
まとめ
山極勝三郎さんは、1863年から1930年まで生きた日本を代表する病理学者でした。
山極勝三郎さんは、市川厚一さんとともに、1915年に世界で初めて人工的に癌を発生させることに成功しました。
この研究により、癌の発生原因を実験で確かめる道が開かれ、癌研究の歴史に大きな足跡を残しました。
ノーベル賞候補にも推薦され、1919年には帝国学士院賞を受賞しています。
東京帝国大学の教授として日本の病理学を指導し、俳句を愛する一面も持っていました。
これからも山極勝三郎さんのご活躍を応援していきましょう。
それではありがとうございました。

コメント