江戸城無血開城を実現し、日本の近代化に大きく貢献した勝海舟さん。
幕末から明治にかけて活躍した偉大な政治家として知られる勝海舟さんですが、実はアイスクリームと意外な関係があったことをご存知でしょうか。
歴史の教科書には載っていない、ちょっと面白いエピソードがあるんです。
そこで今回は、
- 勝海舟とアイスクリームの意外な関係
- 日本人初のアイスクリーム物語
について詳しく見ていきましょう。
勝海舟とアイスクリームの意外な関係とは?

日本の近代海軍の礎を築いた勝海舟さん。
そんな勝海舟さんですが、実はアイスクリームと深い関わりがあったのでしょうか。
勝海舟さんは、日本人が初めてアイスクリームを食べたとされる一行の中にいた人物でした。
1860年、勝海舟さんは咸臨丸でアメリカへ渡りました。
同じ時期に徳川幕府の遣米使節団もアメリカへ渡り、サンフランシスコで盛大な歓迎を受けたんです。
その歓迎の席で、使節団を迎えた船上で当時の日本人にとって未知の食べ物が出されました。
それがアイスクリームだったんですね。
随行員の柳川当清さんは、その味について日記に記録を残しています。
「味は至って甘く、口中に入るに忽ち溶けて、まことに美味なり」という趣旨の記述があり、この食べ物が「アイスクリン」と呼ばれていたそうです。
咸臨丸には勝海舟さんや福沢諭吉さんも乗船していたため、勝海舟さんもこのアイスクリームを食べた可能性が高いと考えられています。
ただし、勝海舟さん本人の感想が直接残っているわけではないので、正確には「食べたと考えられている」という表現が適切なんですね。
日本人初のアイスクリーム物語!

幕末の激動の時代を生きた勝海舟さん。
そんな勝海舟さんですが、日本のアイスクリーム史にも影響を与えていたのでしょうか。
勝海舟さんの弟子とされる町田房蔵さんが、日本で最初にアイスクリームを製造販売した人物でした。
町田房蔵さんは幕臣の家の出身で、1860年の渡米経験を持っていました。
帰国後の1869年、横浜の馬車道で「あいすくりん」を製造販売したんです。
これが日本で最初のアイスクリーム製造販売とされています。
興味深いのは、町田房蔵さんと勝海舟さんの関係なんですね。
資料によっては、町田房蔵さんは勝海舟さんを師と仰いでいたとされています。
さらに、勝海舟さんの家でアイスクリームを作ったという伝承も残っているんです。
つまり、勝海舟さんがアメリカへ渡り、日本人がアイスクリームに出会ったことがきっかけとなりました。
そして町田房蔵さんが西洋の新しい文化に触れ、帰国後に「あいすくりん」を日本で販売するという流れができたんですね。
これは幕末から明治にかけての「食の文明開化」を象徴する出来事と言えるでしょう。
まとめ
勝海舟さんとアイスクリームの関係は、1860年の咸臨丸でのアメリカ渡航時に日本人として初めてアイスクリームを食べた可能性が高い人物だったということでした。
日本人初のアイスクリーム物語は、勝海舟さんの弟子とされる町田房蔵さんが1869年に横浜で「あいすくりん」を製造販売したことから始まりました。
江戸城無血開城という偉業だけでなく、こうした文化的な側面でも日本の近代化に貢献していた勝海舟さん。
歴史の教科書には載っていない、ちょっと甘くて面白いエピソードですよね。
これからも勝海舟さんのような偉人の知られざる一面を学んでいきましょう。
それではありがとうございました。

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