お笑いカルテット「ぼる塾」のメンバーとして、明るく元気なキャラクターで多くの人々を笑顔にしている田辺智加さん。
そんな田辺智加さんですが、実は元ギャルだったという意外な過去があるのをご存知でしょうか。
しかも、その青春時代を過ごしたのは渋谷の街だったそうです。
一体どんな青春時代を送っていたのか、とっても気になりますよね。
そこで今回は、
- ぼる塾・田辺智加さんは元ギャルだったのか
- 渋谷で過ごした青春時代
について詳しく見ていきましょう。
ぼる塾・田辺智加は元ギャルだった!

現在はお笑い芸人として活躍している田辺智加さん。
そんな田辺智加さんですが、本当に元ギャルだったのでしょうか。
田辺智加さんは27歳から29歳までの約2年間、ギャルとして渋谷で青春時代を過ごしていました。
通常、ギャルといえば10代から20代前半をイメージしますが、田辺智加さんのギャルデビューは27歳という遅咲きでした。
当時、カリスマギャルとして絶大な人気を誇っていた益若つばささんに強い憧れを抱いた田辺智加さんは、一念発起してダイエットを決意します。
なんと5ヶ月で約32kgものダイエットに成功し、85kgから53kgへと大変身を遂げました。
金髪、オフショルダー、舌出し裏ピースを武器に、27歳にして念願のギャルデビューを果たしたのです。
今よりも40kgほど痩せていたスリムな体型で、まさに憧れのギャルスタイルを手に入れた田辺智加さん。
その情熱と行動力には驚かされますね。
ぼる塾・田辺智加の渋谷で過ごした青春時代とは?

ギャルとして生まれ変わった田辺智加さん。
そんな田辺智加さんですが、渋谷でどのような青春時代を過ごしていたのでしょうか。
田辺智加さんの渋谷での青春時代は、昼は渋谷109周辺で遊び、夜はクラブでパラパラを踊り、7歳年下のギャル男に100万円を貢ぐという濃密な2年間でした。
ギャルになってからの2年間、田辺智加さんは「無職」として東京・渋谷の街を文字通り満喫していました。
昼の渋谷では、18歳のギャルの友人たちと一緒に渋谷109の周りをふらふらと遊び回る日々を送っていたそうです。
夜の渋谷では、毎日渋谷の路上でパラパラを踊り明かしたり、深夜24時から早朝5時まで「渋谷で一番チャラい」と言われるクラブに通い詰めて叫び、踊っていました。
当時のクラブ資金や生活費は「実家の祖父と弟のお金」だったと本人が語っており、「本当にあの2年間は楽しかった」としみじみ振り返っています。
そして渋谷の青春時代を語る上で欠かせないのが、7歳年下の「プロのギャル男」への大失恋エピソードです。
当時27歳の田辺智加さんは、雑誌のモデルも務めるほどの20歳のイケメンショップ店員に恋をしました。
肉食系ギャルだった田辺智加さんは、彼に会うために毎晩クラブへ通い、彼が働くメンズショップにもほぼ毎日顔を出していたそうです。
1年間でトータル100万円ほど服を購入するという熱烈なアプローチを敢行しました。
ある朝、クラブ帰りに彼を「ラーメン屋行こう」と誘い、渋谷のラーメン店で向かい合って味噌ラーメンを食べたことが、田辺智加さんの最高に甘酸っぱい青春の思い出となっています。
しかしその後、彼から「お前はここでお金を使いすぎている。もっと他で使え」と諭され、お店に行きづらくなってしまい恋は自然消滅してしまいました。
そんな最高に楽しい渋谷でのギャル生活も、29歳の時に終わりを迎えます。
ある日、渋谷109の近くをいつものようにふらふらしていたところ、手相芸人の島田秀平さんのロケに遭遇し、手相を見てもらう機会がありました。
そこで島田秀平さんから「君、お笑いをやったらすごい人気者になれるよ」と予言されます。
その占いを真に受けた田辺智加さんは、「じゃあ、ギャルやめてお笑いやるか」と2年間の渋谷ライフにきっぱりと終止符を打ち、吉本興業の養成所へ入学しました。
そこで後の相方たちと出会い、現在のブレイクへと繋がっていったのです。
まとめ
ぼる塾・田辺智加さんは27歳から29歳までの約2年間、元ギャルとして渋谷で青春時代を過ごしていました。
田辺智加さんの渋谷での青春時代は、昼は渋谷109周辺で遊び、夜はクラブでパラパラを踊り、7歳年下のギャル男に100万円を貢ぐという濃密な2年間でした。
大人になってから自分の力で手に入れた「2年間の遅れてきた青春」だからこそ、誰よりも濃密で、現在の田辺智加さんの自己肯定感の高さや、ポジティブで愛されるキャラクターの土台になっているのかもしれませんね。
これからも田辺智加さんのご活躍を応援していきましょう。
それではありがとうございました。

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